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福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)246号 判決 1955年6月24日

第一審原告 株式会社入艶商店

第一審被告 金田定吉

主文

第一審被告の本件控訴を棄却する。

原判決中「原告その余の請求を棄却する」とある部分を取消す。

第一審被告は第一審原告に対し原判決によつて支払を命ぜられた金員とは別に、金壱万弐千八百円及びこれに対する昭和二十六年三月十七日以降支払済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを五分し、その一を第一審原告、その余を第一審被告の各負担とする。

本判決は第一審原告において金参万円の担保を供するときは仮りにこれを(原判決主文第一項及び右第三項を)執行することができる。

第一審被告において金拾万円の担保を供して右仮執行を免れることができる。

事実

第一審原告(以下単に原告と略称)訴訟代理人は、原判決中原告その余の請求を棄却するとある部分を取消す、第一審被告(以下単に被告と略称)は、原告に対し金弐万八千八百円、及びこれに対する昭和二十六年三月十七日以降完済迄年六分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審共被告の負担とするとの判決、並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、被告訴訟代理人は、原判決中被告敗訴の部分を取消す、原告の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共原告の負担とする、との判決を求め、なお双方代理人は互に相手方の控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出、援用書証の認否は、

事実関係につき、被告訴訟代理人において、原判決摘示事実中「被告は原告の虚偽の申立による告訴により逮捕、勾留の憂目を見、精神的、物質的に甚大な損害を蒙つているので、この損害賠償請求権と右残額とを相殺する」との抗弁を撤回する。なお原判決摘示の仮差押の目的たる生丸干イワシは仮差押が解放されたときは腐敗して無価値のものとなつていたが、被告が換価命令の申請をしなかつたことは認めると述べ、原告訴訟代理人において、右相殺の抗弁の撤回に異議なし、仮差押の目的物が無価値のものとなつたとの点は否認すると述べた以外はすべて原判決の当該摘示と同一であるからここにこれを引用する。(但し原判決中仮差押の目的物を丸生干サンマと表示しているのは生丸干イワシの誤記と認めるからその旨これを訂正して引用する。)

<立証省略>

理由

原告及び被告が共に海産物類販売商であること、原告が昭和二十六年一月中被告に対し丸干イワシ一箱四貫匁入十二箱を、代金合計壱万四千四百円で売渡したこと、更に同月十七、八日頃二回に亘り原告から被告に対し塩サンマ百箱及び百五十箱を取引の為引渡したこと。(その中に乱箱や莚包があり欠量があつたか否か、又これが売買なりや販売の委託なりやは別として。)然るにこれ等の取引につき、被告が原告に対し全く金員の支払をしていないことは当事者間に争がない。

而して右の事実に、原告の商業帳簿たることに争なくその記載の整然且明瞭なるによつて真正なものと認めるべき甲第二号証の一乃至七、成立に争のない甲第三号証の各記載、原審における証人戒井敬祐、同上遠山庫三の各証言、当審並びに原審における原告代表者本人尋問の結果を綜合すると、原告は同月十八日頃被告の註文により塩サンマ貨車一車分を宮崎市に送り、その中百箱を一箱千円、代金合計拾万円で被告に売渡したこと、同日被告から更に塩サンマ一貨車分の註文を受けたので原告代表者永井彌太郎は同日夕刻塩サンマ百五十箱を被告の店舗まで運搬して提供したところ、被告がその引取を拒んだ為、右原告代表者は同日夜一応これを日本冷蔵株式会社の冷蔵工場に寄託したが、翌日被告と交渉の結果一部乱箱や莚包のものがあり、相当目切れもしている点を参酌し、且冷蔵工場の保管費用も被告が負担することとして、一箱千円のものを百五十円値引し、一箱八百五十円、代金合計拾弐万七千五百円でこれを被告に売渡す契約が原被告間に成立したこと、よつて被告は冷蔵工場に保管費用を支払い、一部の乱箱、莚包等は別の箱に詰め替えてこれを引取つたこと、而して以上の代金は即時支払う約定であつたことを認め得る。被告は右塩サンマの取引は委託販売であると主張するけれども該主張事実に副う乙第二乃至乙第七号証の各記載、原審証人鮫島泰一、同上川崎捨市、同上山本米蔵、同上金田多久美(第一回)、同上高橋博、同上清正男、当審証人佐竹虎威、同上金田トミの各証言、原審及び当審における被告本人尋問の結果は措信し難く、その他被告の提出援用に係る証拠によつては被告の右主張事実を認めて叙上の認定を左右するに足りない。

従つて被告は右売買に関する限り原告に対し右塩サンマ二百五十箱分の代金弐拾弐万七千五百円と、前記丸干イワシ十二箱分の代金壱万四千四百円との合計額弐拾四万千九百円を支払う義務があることになる。

そこで被告の相殺の抗弁について逐次検討するに、

(一)  被告は「右塩サンマ百五十箱分の冷蔵工場保管料参千円、乱箱莚包整理の為の箱代及び人夫賃参千円、合計六千円は、原告において負担すべきものを被告が立替支払つているから、原告に対する本件債務と対当額において相殺する」と抗弁するけれども、叙上認定の事実によれば、冷蔵会社に支払うべき保管料は被告の負担とし、且一部乱箱莚包のものがあつたのを整理する費用等を見越して、前記売買単価を定めたのであり且乱箱等の整理は被告が買受けて後のことであるからその費用を原告に負担せしめる理由がない。従つて右抗弁は採用できない。

(二)  被告は「前記塩サンマ百五十箱を引取る際には、原告が同一商品の上等品貨車一車分(五貫匁入二百箱、三貫匁入二百五十箱)を別に送荷することを約したので、これを条件として原告主張の塩サンマ百五十箱の委託販売を手数料なしに引受けたのであるが、原告が若し約定どおり右四百五十箱を送つていたならば被告は少くとも貫当り参拾円の利益を得べかりしこと確実であるところ、原告の違約により合計九万弐千八百六拾円の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つたので、この損害賠償請求権と原告主張の本訴債権とを対当額において相殺する」と抗弁し、原審証人高橋博、同上金田多久美(第一回)当審証人佐竹虎威、同上金田トミの各証言、原審及び当審における被告本人尋問の結果によれば、原告代表者と被告との間において、前記塩サンマ百五十箱引取の際そのことが話題に上つた事実は認められないではないが、その取引の内容が具体的に取り決められたわけでもなく、これについて当事者双方を法律上拘束する程度の契約が成立したとは到底認め難いから(右引用の諸証拠中右認定に反する部分は措信出来ない)この契約の成立を前提とする被告の抗弁は失当である。

(三)  被告は、原告において本訴請求の債権中拾万円につき大分地方裁判所の仮差押命令を得て、同月十四日被告に対し有体動産の仮差押を執行したが、その中には丸生干イワシ一箱四貫匁入十七箱、実量六十八貫があり、これは未乾燥品であつて短時日の間に腐敗するものであるから、仮差押債権者たる原告は、換価処分その他適当な方法を講じ、その腐敗による被告の損害を避ける義務があるのに拘らず、漫然そのまま放置した為、被告が保証金拾万円を供託して同年三月十日仮差押の解放を受けた際には既に全部腐敗して無価値となつていた。

当時右丸干イワシは百匁四拾五円であつたから、被告は合計参万六百円の損害を蒙つた。原告は被告に対し右損害を賠償すべき義務があるから本訴において右債権を原告主張の本訴債権と対当額において相殺する」と抗弁するのでこの点につき審究するに、原告が本訴債権中拾万円について被告に対し有体動産の仮差押をなし、その中に丸干イワシがあつたことは当事者間に争がなく、成立に争なき甲第四号証、原審証人金田多久美(第一、二回)、同上山本寛一、原審における被告本人尋問の結果によれば、右仮差押に係る物件は、被告所有の「半生(半乾)丸干イワシ」であつて、原告代表者の指定によつて仮差押されたものであること、その執行に当つた執行吏は被告にその保管を命じていたこと。その数量は一箱四貫匁入十五箱であつたこと、半生丸干イワシは腐敗し易いものであり、被告が金拾万円を供託して、同年三月十日これが仮差押の解放を得たときは既に粘り気が来て肥料としては格別、食用としては商品価値が全くなくなつていたこと、その間換価命令を申請して換価したり又は何等か腐敗を防止するに必要な措置は取られなかつたことを認めることが出来る。

原審証人金田多久美(第一、二回)、同山本寛一の証言及び当審並びに原審における被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難い。

そもそも仮差押は請求権保全の方法に過ぎず、仮差押の目的たる物件は未だ他人の所有物であるから、その保管については、仮差押債権者は善良なる管理者の注意を用うべきものであるところ、当審証人高橋登一、同上中村久義の各証言によれば、半乾(半生)丸干イワシは冬でも十日乃至三十日位で腐敗し始め、食用に供せられなくなることを認め得べく、原告会社は前認定のとおり海産物類の販売業者であるから、原告代表者は通常の注意を用うるならばその短期間内に変質腐敗して著しく価額の減損を生ずべきことを知り得たものといわねばならぬ。従つて原告代表者は換価命令の申請をなすか、又は他の方法により損害の発生を未然に防止すべき義務を負うているに拘らず、前認定のとおり、原告会社は何等かような手段を講ぜず、昭和二十六年三月十日仮差押が解放されるまでこれを放置していた為、遂にこれを腐敗するに至らしめ、著しくその価額を減少するに至らしめたものであるから、原告会社はその過失によつて被告に対し右減損額に相当する損害を蒙らしめたものというべく、被告に対しその損害を賠償する義務がある。

併しながら仮差押を受けた被告も前認定のとおり海産物の販売業者であり、而もこの目的物は執行吏より命ぜられて自ら保管していたものであるから、右仮差押の目的物が短時日の間に腐敗し易い性質のもので現に腐敗しつつあることを知つていた筈である。然るに被告が換価命令の申立もしないで(この申立をしなかつたことは被告の認めるところである)漫然放置しこれを腐敗するに至らしめたのは、公平の原則上余りにも無為に過ぎるものといわざるを得ないのであつて、この点において被害者たる被告は自己の損害の拡大につき過失あるものと認めるのが相当であるから、その過失は原告の賠償すべき損害額を算定するにつき当然斟酌されなければならない。而して当審証人中村久義、同上高橋登一、原審証人金田多久美(第一、二回)の各証言を綜合すれば、食用に適する半乾(半生)丸干イワシの前記仮差押当時の価格は、小売値で百匁四拾弐円であつたこと、及び食用に適しなくなつた半生(半乾)丸干イワシも、肥料としてはなお商品価値があり、仮差押解放当時その肥料としての価格は少くとも百匁七円であることを認めることが出来るから(本件各証拠中丸干イワシの価格に関し右認定と異なる部分は措信し難い)結局右仮差押により百匁につき参拾五円の価格の減損を生じたものといわねばならない。従つて右仮差押により被告の蒙つた損害は一箱四貫匁入十五箱分弐万壱千円となること計数上明らかであるが、これに前認定の被告の過失を斟酌し、右仮差押物件の腐敗により原告が被告に支払うべき賠償額は金壱万六千円を以て相当と認める。

而して右損害賠償債務は右仮差押が解放された昭和二十六年三月十日当時には履行期に在つたものであるから、その時から本訴債権と相殺適状にあり、被告の本件口頭弁論における相殺の意志表示により右損害賠償債権発生当時に遡つて右両個の債権は対当額において消滅したものといわねばならぬ。(本相殺抗弁中右の限度を超える部分は失当であるから採用出来ない)

結局被告は原告に対し前記売買代金合計弐拾四万壱千九百円より右損害賠償請求権壱万六千円を差引いた残額弐拾弐万五千九百円及びこれに対する本訴状送達の翌日なること記録に徴し明白である昭和二十六年三月十七日以降完済迄商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。従つて原告の本訴請求は右の限度においては正当として認容すべくその余は失当として棄却しなければならない。

従つて原判決が原告の本訴請求中弐拾壱万参千百円及びこれに対する昭和二十六年三月十七日以降年六分の割合による金員の支払を求める部分を認容したのは相当であるから原判決のこの請求を認容した部分を不服としてなされた被告の控訴はその理由がなく棄却を免れないけれども、原判決中原告のその余の請求を全部棄却した部分は失当であつてこれに対する原告の控訴は、原判決の右認容した金額以上になお被告に対し壱万弐千八百円及びこれに対する昭和二十六年三月十七日以降年六分の割合による金員の支払請求を認容すべき限度においてその理由があることに帰するので、原判決の右請求を棄却した部分はこれを取消すべきものとし、民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十五条第九十六条第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

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